今回は自身の修士課程から博士課程に挑戦するまでの経緯を振り返ります。理系・医療系の学生であれば、修士2年の時にストレートで博士課程に進むべきか、もしくは社会人になって仕事と並行して博士課程に進むべきか悩まれることが多いでしょう。自分が修士2年の頃を振り返ると、まだまだ未熟なところもあり、博士課程に挑戦する思いよりも、
・博士課程に進むことで逆に就職しにくくなるのではないか
・同世代と比較して臨床経験が短くなってしまい、仮に病院に就職した場合、技術・知識が追いつかないのではないか
と、ネガティブなことばかり考えてしまい、結局一度社会人になる道を選択しました。その後、病院に就職し、臨床と研究を並行して行う中で、
・大きな研究を行う場合に研究費が必要であるが、博士号がないため競争的研究資金にアプライできない
・海外学会等で企業担当者や海外の研究者と話す時に、博士号を持っていないため相手にされない
といったことを経験し、見事に博士コンプレックスに陥りました。上記のような経験を経て、社会人博士に挑戦しようと決意しましたが、次に生じた壁は、ワークライフバランスと研究に費やす時間をどうやって捻出し、限られた時間で研究の質を高めるか、ということでした。
ワークライフバランスに関しては、仕事と生活のバランスが取れた状態と定義され、特に企業では頻繁に使われる言葉です。社会人博士という道を選択すると、上記のワークライフバランスに加えて、研究とのバランスを考慮する必要があり、ワーク(+リサーチ)ライフバランスのような形になるのではないかと思います。企業や病院は、大学院に進学することによって業務の質が落ちたり、与えられた業務量がこなせなくなったりすることを許容しませんので、実質的には“ライフ“の時間を削らないといけないことになります。人によっては子育てが大変な時期かもしれませんし、パートナーとの関係もあるかと思いますので、社会人博士を選択した人の道は極めて厳しくなります。また、研究の時間をどう捻出して研究の質を高めるかについては、純粋な博士課程の学生と比較して圧倒的に研究に費やせる時間は少なくなるので、研究成果の量や質については同等のものを求めない、きっぱり諦める気持ちも必要になります。
このような困難な状況を乗り越えても、博士を取得する意義は個人的にあると思います。ただ、これは個人のキャリアに対する考え方や、博士号をどのように活用するか、ということにも依存しますので、全ての人に必要なものではないと思います。当たり前ですが、博士課程に進むことで、一つの学問に対する深い思考が養えます。また、思った通りに結果が出ることは基本的にないので、試行錯誤を繰り返してそれを乗り越える忍耐力や問題解決能力が養えます。さらに、自分が突き詰めた研究を、研究のことを全く知らない人でも理解できる形に落とし込める力(情報の取捨選択能力)や伝える力(プレゼン力)も養えると思います。これらは全て社会人として必須な力であり、これらの能力が高い人はどこでも評価されるのではないかと思います。上記は、病院から企業に転職した私にとって、特に強く感じる点です。
博士課程でワーク(+リサーチ)ライフバランスを保つことは非常に困難でしたが、結果として3年間で4編の筆頭論文を発表することができました。これは指導教員の先生方と広島大学の医学物理グループのサポートの賜物です。特に、社会人博士にとっては指導教員との目標合わせや、アウトプット量に関する理解が極めて重要なので、その点を理解しサポートしてくださった先生には感謝してもしきれません。広島大学はこの十分なサポート体制と、限られた時間でも研究を具体化する指導力があると感じています。
まだ現時点では卒業が確定したわけではありませんが、今月は早期卒業のための学位審査を迎えます。無事に審査を通過できるよう、十分に準備したいと考えています。当然ながら、人生はその時思っていた通りには進まないものです。自らの経験を振り返っても、当時はまさか企業で仕事をしているとは想像しませんでした。重要なのは、常に向上心を持ち続けること(Growth mindset)と、一度決めた選択は最後までやり遂げることだと思います。博士課程に進むかどうかは個人の自由ですが、進むべきか悩んでいる修士課程の学生や、社会人の皆様の一助になれば幸いです。
博士課程3年 Y.M