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教授あいさつ

教授 永田 靖

「がんを切らずになおす放射線治療」

 放射線治療は、手術療法、抗癌剤治療とともに癌治療の3本柱として以前より重要な役割を果たしてきました。ただ従来は手術不能な患者さんに対する緩和目的の役割が大部分を占めていました。しかし近年の放射線治療技術の進歩は、手術に匹敵する高い精度の放射線照射を可能とし、根治治療に占める役割が増してきました。特に、手術と比較して「麻酔」や「切開」といった侵襲が少ないため、「がんを切らずになおす放射線治療」の意義が高まって参りました。実際の臨床現場においても、特に前立腺癌、食道癌、舌癌、喉頭癌、子宮頸癌、肺癌は早期であれば放射線治療単独で90%以上の局所制御が可能であり、手術と同等の治癒率が期待できるようになってきました。この中で舌癌に対する組織内照射は国内では数少ない専門治療施設として歯科放射線科との連携で全国から患者さんが集まっています。

 最近のX線CTやMRIを初めとする画像診断技術の発達と、コンピュータ技術の進歩は、従来の放射線治療に大きな変革をもたらしました。特にCT、MRI画像が日常的に放射線治療計画に用いられるようになったため、またFDG-PET等の機能画像の臨床導入によって、癌が実際に存在する場所がより正確に把握することが可能となりました。一方では、CT画像を再構成することで得られた3次元画像を元に、生体内の正確な3次元線量分布計算が可能となり、より高精度の放射線治療計画が可能となりました。

 また機械工学の進歩により肺癌や肝臓癌に対する定位放射線照射(ピンポイント照射)、前立腺癌・頭頸部癌・脳腫瘍を対象とした強度変調放射線治療や画像誘導放射線治療などの種々の治療技術が編み出されてきました。この体幹部定位放射線照射においては、肺野の小さな肺癌や2-3個以内の少数転移性肺癌、および早期肝臓癌が治療対象となり、局所制御率も80-90%と非常に高い数値を示しています。また治療中・治療後を通じて70-80%の症例でまったく痛みのない無痛治療となっていることも特に高齢者が増加しているがん患者さんにとって望ましい点ではないかと考えます。また強度変調放射線治療についても前立腺癌・頭頸部癌・中皮腫・脳腫瘍・肝臓癌・肺癌・子宮癌に適応を拡大してきました。特に全国に先駆けて強度変調回転放射線治療(VMAT)を多数の症例で実用化しています。

 その他に近年は従来の一般的な照射装置であるリニアック以外にも、種々の画像診断機能を付設した全く新しいタイプの照射装置(いわゆる画像誘導放射線治療装置)が開発・導入されてきています。広島大学では四次元CT画像を用いた呼吸同期照射を多くの肺癌症例に行っております。平成25年には従来の5倍以上の高線量率で照射可能な装置(Truebeam)を導入し、その臨床応用も開始しています。

 この高精度放射線治療に関しましては、JR広島駅再開発事業の中で「広島がん高精度放射線治療センター」が広島市民病院、広島赤十字病院、県立病院、広島大学病院の4病院の連携ネットワーク型がんセンターとして、平成27年10月より開院しています。最新の放射線治療装置が3台設置されており、高性能な放射線治療計画装置も多数配備され、充実した医療スタッフにより、現在県内の外来通院可能な放射線治療患者の多くを集めて治療しています。

 これらの高精度照射法や高精度照射装置のいくつかは、わが国でオリジナルに開発されたものであり、わが国の放射線治療技術は、世界の最先端を走っています。また現在は、病巣の時間的移動に追随した四次元放射線治療計画や適応放射線治療技術が開発されています。その他に、近年社会的にも注目されているものとして、陽子線や炭素線といったいわゆる粒子線治療があります。医療経済的な問題はありますが、陽子線治療施設については、広島県内への導入が検討されています。

 また最近になって、これらの最先端技術を用いた臨床応用成果が報告されるようになり、具体的には肺癌を中心とした体幹部定位放射線照射や、前立腺癌や頭頸部癌を中心とする強度変調放射線治療において、期待すべき成果が見られています。その他、局所進行型の肺癌・食道癌・子宮頸癌・頭頸部癌に対してはシスプラチンを中心とした化学療法を併用した化学放射線療法が非常に良好な成績を上げ、標準的治療となりつつあります。

 広島県には、優秀な放射線腫瘍医、放射線治療技師の方がたくさん活動しており、日本放射線腫瘍学会の専門認定医の数でも中・四国地方では最多です。しかし、昨今の急速なる放射線治療対象患者数の増加の状況下では、まだまだ不足していると言わざるを得ません。私どもは是非、若い医学生、初期研修医、放射線治療医、放射線治療技師の育成に努力して参りたいと思っております。広島大学には「医学物理士認定コース」としての修士課程が設置されており、中・四国地区の医学物理学の教育・研究・診療をリードしています。

 令和4年11月10-12日には中国地方では初めて第35回日本放射線腫瘍学会が広島で開催される予定です。コロナ禍を克服した新しい時代の学会を模索してゆきたいと考えています。

 放射線治療は他診療科の先生方との緊密な連携が非常に重要であり、院内外の色々な診療科の先生方とご相談しながら癌の診療を進めて参りたいと考えております。また広島県内には、がん治療、放射線治療が活発な病院がたくさんあります。今後は関連の病院の先生方ともご相談しながら、より機能的な放射線治療ネットワークを構築できればと考えております。

講座の歴史と概要

 広島大学における放射線治療部門は、小山初代教授、勝田元教授、伊藤前教授時代は、放射線医学講座の一部門として数名の専門医により担当されていました。しかし近年の放射線治療の著しい進歩の中で、全国的に放射線診断学と放射線腫瘍学との分離の必要性が求められてきました。その流れを受けて、私は平成19年9月に創設されました広島大学病院 放射線治療部の初代部長として平成20年1月に京都大学より着任いたしました。また平成21年4月よりは医歯薬学総合研究科内に放射線腫瘍学講座と放射線診断学講座とを創設して頂き、放射線腫瘍学講座の初代教授に着任致しました。平成22年2月より放射線診断学講座に粟井和夫教授が着任しておられます。平成24年よりは医歯薬学総合研究科が保健学科と合体して大学院医歯薬保健学研究科となりました。平成31年よりは大学院医系科学研究科に名称変更しています。